完全失踪日記

Escape from another.

貧しいこと、望まぬこと、これが私の原点。(失踪40日目)

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人は過去に囚われている。

記憶から逃れることは未だできない。

 

私の自意識は貧しさから生まれた。

私の記憶の多くは貧しさと繋がっている。

簡単に言えば、子供の頃の貧乏で惨めな記憶ばかりが鮮明だということ。

 

私の家には、電話がない。

小学生の頃、「友達同士で電話をかけあいましょう。」という課題があった。

私の家には電話がなく、呼出だった。

呼出(よびだし)って何?ってなるだろう。

 

今では考えられないだろうが、・・・。

隣の家の電話番号を教えておいて、そこに掛けてもらうシステム。

電話があれば、呼んでもらえる。

記載はこう、(呼)0999-99-9999

 

課題に対応するため、友達から掛かってくるであろう電話を近所の家の電話の前で待った。嫌だったな。

今も電話は嫌いだ。

 

私の家には、風呂がない。

銭湯に行っていたが、当然毎日ではない。

だから夏はプールが風呂代わり。

夏休み中は毎日無料のプール通い。

実は風呂が大好きなので、今は毎日入浴。

 

私の家には、水洗トイレがない。

汲み取り式の嫌なのは、溜まってくると跳ね返りが大きいこと。

すごいのが跳ね返ってお尻に当たる。

それを防ぐには、大便を切れ切れに出すこと。

 

私の家には、自動車がない。

家族で旅行に行ったことはない。

初めて県外に出たのは小学校の修学旅行(奈良、京都)。

その後も、中学、高校の修学旅行以外、県外に出たことはなかった。

 

私の家には、団欒がない。

楽しく、和気藹々、など記憶にない。

食事は一緒にとるが、会話はほとんどない。

父は短気ですぐ怒鳴る。

気に入らないことをいえば、怒鳴られ、殴られる。

母は無口だ。

だから、人と食事をするのが苦手だ。

独りで静かに食べたい。

 

小学生高学年になると、我が家と他の家と違いに気づいてくる。

例えば、持ってる車がクラウンかカローラか、とか。

両親との関係性とか。

そういうものを目の前にすると、我が家は他の家と大分違うことに気づく。

その決定的に追いつけない絶望的な距離感によって、距離に抗うことを止めさせた。

決して埋められない何かによって自意識が目覚めた。

 

その結果、何も望まぬことが自己防衛の手段となった。

望まない、期待しない。

我ながら酷い幼年期である。

故に、望まれても、期待されても、困惑するのみ。