そういえば、学費払わないで大学卒業したな。(失踪43日目)
最近、大学の頃をよく思い出す、
精神状態が似ているからだろうと思う。
私は自活することを条件に大学へ進学した。
大学は地方の国立大学を選択した。
奨学金を借り、大学の寮に入った。
最も重要なのは授業料免除制度を利用することだった。
国立大学には授業料免除制度がある。
その制度は私立大学にもあるが、成績が相当優秀である必要があるのに対し、国立大学の場合は私立大学よりも基準が甘い。つまり、国立大学の場合、成績よりも親の収入が優先される。
当時の家の収入は180万円だった。
だから、余裕で授業料が免除された。
但し、毎期(年2回)申請する必要があったので、毎回どきどきしたものだ。
免除されないと、半期約15万円が必要になる。
そんな蓄えはないので、最悪、退学しなければならない。
危険な綱渡りだったが、4年間学費が免除され続け、卒業することができた。
一つ嫌だったのは、免除されると掲示板に名前が張り出さることだった。
当時は、個人情報保護などという概念はなく、公然と公表されていた。
私の貧しさは公然だった。
金のない大学生活は惨めにつきる。
入学直後、同級生たちの豊か過ぎる生活水準を見たとき、これは一緒に行動することはできないこと覚悟した。
遊びに誘われても断るしかなかった。
金がないから、とはなかなか言えない。
だから、早々に交流を絶つことにした。
惨めな思いをしてまで一緒に行動するのは嫌だった。
惨めな思いでは山とある、年に一度の贅沢が、ほかほか弁当で「デラックス弁当」を頼むことだった。その弁当には、ハンバーグとから揚げとエビフライが入っていた。
から揚げ弁当が300円のとき、デラックスは800円だった。
市民プールで泳ぎたかったが、水着が買えなかったので、トランクスに紐をとおして水着代わりにして泳ぎにいった。
当然、旅行やコンパに行くこともない。遊び金が一切ない。
だんだんと通常の欲望が失われていった。欲望を感じなくなった。
望んでも惨めになるだけなら望まないことを選んだのだ。
無意識に欲望を抑圧し続けた。
未だに欲望は罪悪だと感じる。
就職してお金に余裕ができても、心から欲しいと思うものは物はあまりなかった。
一度失われた欲望を取り戻すことは困難なのだ。
だから、自然とお金が貯まった。
仕事を辞めて、時間を買ってみた。
これが私の早期退職の理由だ。